NHKの朝ドラ『ばけばけ』では、小泉八雲をモデルにしたレフカダ・ヘブンが左目を失明した人物として描かれています。
演じるトミー・バストウさんの左目に特殊メイクが施され、視聴者から「小泉八雲は本当に義眼を使っていたのか?」という疑問がわいた人もいるのではないでしょうか。
そこで今回は朝ドラ朝ドラ『ばけばけ』の小泉八雲について以下のことを調べてみました。
- 小泉八雲は義眼を使ったのか?
- ばけばけで話題の小泉八雲の左目の史実とは?
ということを「小泉八雲は義眼を使ったのか?ばけばけで話題の左目の史実とは?」と題して記事をお届けします。
小泉八雲は義眼を使ったのか?
史料や証言から見る限り、小泉八雲が義眼を使用した記録はありません。
長男の小泉一雄は『父小泉八雲』で「父は義眼も義歯も嫌った」と述べています。
さらに、八雲を直接知る英文学者・田部隆次は「左の眼球の上に白い星がかかっていた」と証言しています。
これらの証言から、小泉八雲は生涯義眼を用いず、失明した左目をそのままにしていたと考えられます。
小泉八雲が左目を失明した経緯
小泉八雲の左目の失明は、彼の人生を大きく左右しました。
16歳で事故に遭い左目を失う
1866年、八雲はイギリスの「アショー・カレッジ」に在学中でした。
校庭で“The Giants Stride”という遊びをしていた際、友人が放った縄の先端が左目に直撃し、重傷を負いました。
長期療養を行ったものの視力は回復せず、16歳で左目を失明しました。
失明が与えた心理的な影響とは?
失明後の八雲は、外見を気にして人前で左目を隠すような仕草を見せたと記録されています。
写真の多くは右側を向いて撮影されており、容貌への配慮があったことがうかがえます。
また、田部隆次は「談話中に無意識に左目の上に手を置く癖があった」と指摘しており、失明が対人関係に影響を与えていたことを示しています。
小泉八雲が義眼を使わなかったという史実とは?
小泉八雲が義眼を用いなかったことは、複数の証言で裏づけられています。
長男・小泉一雄の証言
小泉一雄は「父は嘘を嫌い、義眼も義歯も決して使わなかった」と書き残しています。
家族による一次証言は信頼性が高く、義眼を拒否していたことを示す重要な根拠となっています。
英文学者・田部隆次の証言
田部隆次は、八雲の左目を「白い星がかかっていた」と表現しました。
これは義眼ではなく、失明した眼球そのものの状態を見た描写と考えられます。
この証言もまた、義眼を使用していなかったことを裏づけています。
義眼を使わなかった理由
当時の義眼は現代ほど精巧ではなく、実用性に乏しかったことが背景にあると考えられます。
また、一雄の証言どおり「偽ることを嫌った性格」も影響していたとみられます。
直接的な記録は残っていないものの、史料から総合すれば義眼を避けた理由はこの二点に集約されます。
小泉八雲は右目も中等度の近視だった?
八雲は左目を失明しただけでなく、右目も強い近視に苦しんでいました。
−2.5Dの視力とその不自由さ
田部隆次は八雲の右目を「二度半の近視」と記しています。
これはおよそ−2.5Dに相当し、裸眼視力では0.1未満の状態です。
遠方はほとんど見えず、読書や執筆の際には対象物を顔に近づける必要がありました。
執筆活動への影響
八雲は机を特注で高く作らせ、目の負担を軽減しようとしました。
また、小鏡を常に手元に置き、目の状態を確認していたといいます。
右目の視力低下は執筆活動をたびたび中断させる原因となり、文学活動に大きな影響を与えました。
ドラマ『ばけばけ』で小泉八雲の左目の再現
朝ドラ『ばけばけ』では、小泉八雲の左目の失明が史実に基づいて描かれています。
レフカダ・ヘブン役のトミー・バストウさん
演じるトミー・バストウさんは、左目に白濁したコンタクトを装着して登場しています。
公開されたビジュアル写真でもその特徴ははっきりと確認でき、史実を反映した表現となっています。
義眼を使わない設定
ドラマでは義眼は登場しません。
これは「小泉八雲が義眼を使わなかった」という証言を踏まえた設定だと考えられます。
視聴者にとっても、実際の八雲の生き方を知るきっかけになる描写といえるでしょう。
小泉八雲の左目が象徴するもの
小泉八雲の左目の失明は、彼の人生と文学を象徴する存在となりました。
写真の多くは右側から撮影
残された写真の多くが右側を向いた構図になっているのは、失明した左目を隠すためとみられます。
これは八雲の外見に対する配慮の表れです。
文学作品との関連
代表作『怪談』には、視覚に制約を抱えた登場人物が描かれています。
研究者の中には、自身の失明体験がこうした題材選びに影響したと指摘する人もいます。
史実として断定はできませんが、彼の人生経験が文学に影響を与えた可能性は高いと考えられます。
まとめ
「小泉八雲は義眼を使ったのか?ばけばけで話題の左目の史実とは?」を最後までご覧いただきありがとうございました。
小泉八雲は16歳で左目を失明しましたが、生涯義眼を使うことはありませんでした。
長男や弟子の証言によってその事実は裏づけられており、義眼を拒んだのは彼の性格と当時の状況に起因していたと考えられます。
右目も近視で苦労しながら執筆を続け、世界に知られる怪談文学を残しました。
朝ドラ『ばけばけ』で描かれた失明は、この史実に基づいたものです。
小泉八雲の左目は、彼の人生そのものを象徴していたといえるでしょう。
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